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ん~~~・・・ [天使熊のこと]

愚痴になっちゃうけど、読んでください。

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頑張り屋さん [天使熊のこと]

昨日、6月10日は天使熊の命日です。

2歳と100日で息を引き取ってから7年経ちました。

生きていれば4年生になっていました。

今日はちょっとだけ天使熊の事を話そうと思います。

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かわいい天使♪ [天使熊のこと]

カテゴリーを眺めていたら天使熊の記事があまりにも少ないので今回はちょっと触れてみたいと思います。

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旧盆にふさわしいお話。 [天使熊のこと]

子供って物心つく前は純粋な心を持っているから霊に遭遇しやすいっていうお話を耳にした事ありませんか?私もチビ熊を見て「ほほぅ~、なるほどね」と思った事があります。

天使熊が亡くなったのはチビ熊が10ヶ月の頃。まだまだ幼かったチビ熊には天使熊の記憶なんてないだろう。それだからチビ熊には天使熊の話をよくしてあげるし、写真も目につく所にたくさん飾って「チビ熊のお兄ちゃんなんだよ」と教えている。

そんなチビ熊だけど、一時期、天使熊が見えていた時期があった。お墓参りをした時、お部屋に居る時、寝ている時に「天使ちゃんだぁ~」とか「一緒に遊ぼうよ」とか「こっちへおいで、天使ちゃん」とか一点を見つめて話し掛けていた。もちろん私たちには見えない。歩けない、話せない、笑えない天使熊だったけど、どうやらチビ熊には元気な姿で見えるらしい。きっと、年の近い(子熊とは4歳5ヶ月も離れてるけど、天使熊とは1歳5ヶ月差)お兄ちゃんと遊んでもらえるのが嬉しかったんだろうなと思う。

そんな時期は1歳~3歳半ぐらいまで続いたんだけど、いつの間にか見えなくなってしまった。本人に今聞いても「覚えていない」と言う。大きくなると見えなくなっちゃうんだな~、元気な天使熊ってどんな笑顔だった?どんな声だった?・・聞いてみたい事は色々あるのに・・思い出せ!チビ熊!

チビ熊と言えば、胎内記憶が少しだけ残っているようで「ママのお腹の中ってあったかくて狭くて暗かったんだよ」って未だに言う。「他には?」と聞くと「忘れた」って言うんだけどね。俗説で「帝王切開で生まれた子には胎内記憶がない」って聞いたことがあるけれど、何故か覚えているようで・・。これもいつか忘れるんだろうな。

 

おいらは霊感が強い方だったのか、色んな体験をしている。一番怖かったのが通っていた小学校での話。1年生か2年生の頃なんだけど、夢の中でトイレに友達と行ったんだけど、一緒に行った子が個室に入って「キャ~~!血だらけの足がある」と言って教室へ走って行ってしまった。私にはとてもそれを確かめる勇気がなくてその後どうなったのかは夢の中だから覚えてないんだけどね。これが本当の事だったら大事件だろうけど、これは夢だからそれでおしまい。

その後、何日かして、おいらは忘れ物をして学校へ取りに行った。夕方の学校は怖いので母について行って貰った。学校で先生と会ったので母が先生と教室で立ち話をしている間にトイレに行きたくなった私は一人でトイレに向かった。いつもは避けていたのに夢の中と同じ個室へ何故か足が向いてしまった私はトイレの中を見てみた。(旧校舎だったので水洗じゃなかったのだ)そしたら見えたんですよ、足が・・・。血だらけではないんだけど、何故か片足だけ・・。慌てて教室へ戻って先生と母に知らせたんだけど、トイレに一緒に行って確かめたら、何故か消えていた・・。その後、私は同じような夢を見て何度もうなされていたらしい。トイレも怖くて一人で行けなくなってしまった。私が在学中に100周年祭をやった古い学校だし、隣に神社があるから色々あってもおかしくないのかも??結局、旧校舎は私が卒業してから取り壊されてしまった。今でも不思議な話ってあるのかな、あの学校は・・。

他にも中学の時に夜中にふと目を醒ましたら赤ちゃんを抱いた女の人が立ってたなんて経験もあったり(これは強烈に怖かった)、寝ていていきなり顔や足を触られたりなんて事も結構ありました。金縛りも数え切れないほど・・。でも20歳を過ぎた頃から不思議とそういった経験は激減しました。天使熊だったら来て欲しいな~(*^_^*)


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人にとって大切なもの・・ [天使熊のこと]

3日に書いた「天国へ行った我が子の事・・」の反響が多くて驚いています。閲覧数が延びる延びる・・最近ではこの記事だけダントツです。皆さんがどんな気持ちで読んでくれたにしてもひとこと「有難う」と言いたいです。

まず、私が何故あの記事を書いたかと言うと、別にお涙ちょうだいでも同情しろでもないんですよ。最近、我が子に色々な事を求めている親が多いじゃないですか・・実は私もそんな親の元に生まれてきました。毎日の様に習い事に通っていました。家でもドリルやら本やら必ず毎日やらされていました。もちろん勉強や趣味も大事だけど、もっと大事な事ってあるんじゃないかな・・それをちょこっとだけでもあの記事を読んだ事によって考えてくれたら嬉しいなと思ったんです。

障害児を持つと色々な言葉に敏感になります。天使熊のお友達のママは「頑張ってって言われるのが嫌い」って言います。どうして?とお思いでしょう、彼女は「私は毎日頑張っている、これ以上何を頑張れと言うの?」と言ってました・・「確かに」って思います。彼女に限らず同じようなママも結構居ます。私個人としては「頑張る」って言葉は好きなんだけどね。以前、障害児ママのノートサークルに入ってる時に天使熊を亡くし、ノートで報告した際、色々な言葉を頂いたんだけど、あるママが「がんばりんご!」って書いてくれました。思わずクスッと笑ってしまったんだけど、今ではお気に入りの言葉です。頑張る・・素敵な言葉じゃないですか・・。

私は妊婦さんがよく言う「男でも女でもどっちでもいい、健康なら」という言葉が嫌いです。確かに私も昔は使ってたかも知れない。でも、よく考えてみて下さい。親っていうのは子供が健康でも健康でなくても育てなきゃならないんです。健康じゃなかったらどうするんですか?やはり育てるのは親でしょう?でもそんな事に気付かせてくれたのは虚弱児だった天使熊なんです。

天使熊が生まれて私は無我夢中でした。毎日が命との闘いだった子なので、外出するのも荷物は多いし喘息の発作はしょっちゅう・・今はのん気に過ごしている私ですが、当時の私は今振り返っても「凄かったな、私・・」というカンジでした。あの頃の私はどこへ??(^^ゞ 天使熊はしゃべれない、笑えない、歩けない、食べれない・・出来ない事だらけでした。でも、他の2人はそれが出来る・・当たり前だけど有難い。特に後から生まれたチビ熊を育ててる時、成長のひとつひとつが重く感じたものです。当たり前だけど、喋る、笑う、食べる・・そして思った通りに手足を動かしたり自分の考えを人に伝えたり・・それが出来るって素晴らしい事だと思いませんか?私は「当たり前である事の有難さ」を子熊や天使熊から学びました。こういう気持ちって忘れたくないな・・って思ったんです。それをひとりでも多くの方に気付いて頂けたらいいなと思ってあの記事を書いたんです。

天使熊から学んだ事のひとつをちょっとここに書かせて頂きました。


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天国へ行った我が子のこと・・ [天使熊のこと]

子熊は6年生、チビ熊は1年生・・「随分年の差兄弟だね」と言われる事が多い我が家だけど、実はその間に生きていれば3年生になる男の子、「天使熊」がいた。チビ熊は戸籍上は「三男」である。

天使熊は子熊の3歳の誕生日に生まれた。予定より11日早かったのだが、「常位胎盤早期剥離」で緊急帝王切開。母子共々命からがら状態の中で生まれた。(本当はそれまでの経緯も色々あるんだけど、あまり思い出したくないので伏せておきます)私はすぐにピンチを脱したが、天使熊は数日間意識がなかった。すぐに救急車でNICU(新生児集中治療室)のある病院に運ばれたが、私が退院するまでの間、大熊はかなり深刻な事を聞かされ、私に話すことも出来ず、2つの病院を往復したり市役所に手続きをしたりと心身共にボロボロだったようだ。

私は無理矢理一週間で退院し、家に戻らずに天使熊の病院へ直行した。NICUで初めて会った我が子・・保育器の中で点滴や栄養チューブなど色々な管を付けられた痛々しい姿に涙が止まらなかった。産後の肥立ちがあまり良くなかった事もあり、翌月~毎日病院へ通った。

鼻から通された栄養チューブについての指導を受け、GWには退院出来るねと言われ、楽しみにしていた矢先に「慢性硬膜下血腫」が見つかり、生後2ヶ月で手術。頭の傷をかばうために向き癖がついてしまった。5月下旬に退院。しかし、退院前の説明で「天使ちゃんは4つの障害があります」と言われた。このときだったかどうかは忘れたが「残酷かも知れないけど、3歳まで持つかどうか」とも言われた。ショックだったけど「この子の限りある命を有意義なモノにしてあげよう」とも思った。

それからは今思えば怒涛の日々だった。月1回の発達外来、6ヶ月~療育にも通い始め、ここでも訓練2種類と定期診、股関節脱臼していたので整形外科通院、アトピーだったので皮膚科へも通院、そして子熊の療育・・・。やっと慣れてきたと思ったら予想外にチビ熊を妊娠。翌年~は地域の通園施設の早期療育を受けるべく、1歳の誕生日を迎えた後から週1回通った。4月~子熊が別の通園施設に入園、8月にチビ熊出産、その翌日、乳児院に預けていた天使熊が喘息で入院。チビ熊を産んだ病院は天使熊が整形外科通院していた大学病院で産んだんだけど、ここでは帝王切開だと2週間入院といわれたが、事情を話して早めに退院させてもらった。やはりこの日もチビ熊を連れて病院へ直行。久し振りに抱っこした天使熊は抱き慣れたチビ熊と感触が違っていて随分大きくなったなと感じた。しかし、この頃、病棟ではしかにかかった子がいて、院内感染。天使熊は退院後に発症してしまった。電話で病院と連絡を取りながら看病。新生児を抱えている状況で寝ている時間もなかった。はしかですっかり体が弱くなった天使熊はその後2ヶ月に1度入院という日々になってしまった。

12月。我が家は住んでいたマンション~賃貸の一軒家に引っ越した。車椅子の話も持ち上がり、マンションでは住みにくくなったから。12月上旬~喘息で入院していたので退院の日を延ばしてもらった。クリスマスは病院で。キャンドルサービスやドクター扮するサンタさんの姿にうっとりしていたように見えた。退院後、新居へ連れて行くとすぐに寝てしまった。気に入ってくれたのかな?そして3月の誕生日。たまたま週1回の早期療育の日だった。先生が「今日は天使ちゃんの誕生日です」と粋な計らいでミニ誕生日会をしてくれた。先生や他のお母さん達が歌を歌ってくれた。今思えば最高の誕生日だったと思う。

4月~天使熊は通園施設へ、チビ熊も保育所へ入所した。天使熊は給食が食べられないので2時間だけ過ごした。でも歌を歌ったり体を動かしたり散歩したり毎日が楽しい生活だったと思う。

でも、5月になり、子熊が園で水疱瘡に感染して休んだ。私は付き添わなければならなかったので天使熊も休園した。ドクターには「水疱瘡の兄弟感染率は80%です」と言われた。そして2週間後、チビ熊共々感染。その後、肺炎を起こして8度目の入院。6月上旬に帰らぬ人となってしまった。2歳とちょうど100日の命だった。

天使熊は笑えない子だった。そこまで脳が発達してなかった。でも1歳の終わり頃~「あ!笑ってる!」と思える場面も何度かあった。大好きなお風呂に入っている時、お気に入りのリハの先生からコチョコチョして貰った時、プーさんのオルゴールのおもちゃの音を聞いてる時・・・。天使熊は楽しい人生を送れたのかな?天使熊にとって私はいいママだった?色々聞いてみたい気もする。

去年、不思議な出来事があった。私が買い物に行こうと車を走らせていたら何故か無性に手前にあるお店に入りたくなった。その店はもう何年も行ってないお店で広告が入っていても見ない位のお店。車を停めて店内を見た。案の定5分位で何も買わずに車に戻ったが、目の前の国道がさっきまではガラガラだったのに渋滞している。裏道~回ってそのお店に辿り着いたが、見て愕然!何台もの車が絡んだ事故になっていた。恐らく私が手前のお店に寄らなかったら巻き込まれていたかも知れない。それを友達に話したら「それって天使熊ちゃんが教えてくれたんじゃないの?」ただの偶然かも知れないけどそんな気がした。

今年、天使熊は七回忌を迎える。NICU時代の仲間4人のうち、天使熊を含めた3人が亡くなってしまった。残りの1人は天使熊より1ヶ月遅れで生まれたので今、2年生で養護学校へ通っていると聞いている。ママは「3人分背負ってるから凄いプレッシャーだよ」と笑っていたが、体も大きくなったし大変な日々を送っている事だろう。その子だけに限らず、色んな障害を抱えている子供達ひとりひとりの命が一分一秒でも長く輝き続けて欲しいと願わずにはいられない。


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