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1人の女の子の話 [くまの思い出話]

小学生の頃、ワケも解らず、気になっていた女の子が居ました。
いつも隣のクラスだったのですが、4,5年生の頃に同じクラスになりました。
名前はTちゃん。
彼女も私の事が気になってたらしく、すぐに仲良くなれました。

Tちゃんの他に2人のお友達といつも4人でグループを組んでいました。
家を行き来したり一緒に遊んだり、いつも一緒でした。

Tちゃんは勉強はあまり得意ではなかったのですが
運動はとても得意で、かけっこはとても速く、いつもリレーの選手に選ばれていました。
でも、性格はおとなしく、普段の声はそんなでもないんだけど
授業中に差されると、蚊の鳴くような声で答えたり本を読んだりしていました。

Tちゃんの家は駅の近くの借家でした。
お父さんとお母さんと2人の弟が居ました。
2人の弟は2人とも2つ下なんだけど双子ではありません。
1人の弟はTちゃんと顔がソックリなんだけど、もう1人の弟はお母さんにソックリでした。
お母さんにソックリな弟はいつも私が遊びに行くと甘えて来ました。
遊んであげるととても嬉しそうでした。
でも、お母さんはあまり私達が行くのを歓迎してないのが子供心に解りました。

ある日、クラスで問題が起こりました。
Tちゃんが机の中に給食のパンをずっと隠していました。
帰りの会で男の子から言われ、
何で持って帰らないのかと先生から怒られていました。
クラスメイトも汚いものを見るような目でTちゃんを見ていました。
先生から「一緒に片付けてやれ」と言われ、放課後にTちゃんと一緒にカビだらけになったパンを捨てました。
私はTちゃんに「どうして持って帰らないの?」と聞いたのですが
Tちゃんは泣いているだけで何も答えてくれませんでした。
私も黙って片づけを手伝うしかありませんでした。

6年生になり、クラス替えがあって
私はTちゃんとはクラスが別れたのですが
彼女の従姉妹と同じクラスになりました。
Hちゃんという従姉妹の子はTちゃんとは全然違って
明るくて積極的で勉強も運動も何でも出来てアイドル的存在でした。
私と通ってるそろばん塾が一緒だった事もあって、
よく一緒に遊んでいました。
ある日、Hちゃんが言いました。
「あのね、Tちゃんってね・・・」
話を聞くと、Tちゃんは弟が生まれてすぐに両親が離婚し、
父親に引き取られ、それでも何も障害なく暮らしていたのですが
父親が再婚してから心を閉ざしてしまったんだとか・・・
以前はHちゃんと同じように活発で明るい女の子だったんだそうです。
バレエを習っていて皆から羨ましがられるような女の子だったそうです。
でも、継母に無理矢理バレエを辞めさせられ、
Tちゃんと弟には冷たく当たり、時にはぶたれ、雨の中裸で外に立たされた事もあるそうです。
一方で継母にソックリな弟は溺愛されていて色々買ってもらったりして・・・

私はそれを聞いて、Tちゃんがどれだけ苦しんでいるのかが解りました。
給食で残したパンを持って帰れないのも、持って帰ったら怒られるから・・・。
遊びに行った時にお母さんがあまりいい顔をしないのは血の繋がらない子供の友達だから・・

私は小学校卒業後、引っ越したので、それからは音信不通でしたが
Hちゃんとはよく連絡を取っていました。
高校の時に、同窓会があって
Hちゃんが「Tちゃんすっかりグレちゃってさぁ~~」と話していました。
写真を見せてもらったらおとなしかった小学生時代とは全然違う彼女の姿がありました。
でも、私は何も言えませんでした。

私は高3の時に父と血の繋がりがない事を知りました。
前から薄々気づいていた事なんだけど
それ以前から
父との関係が上手くいってなかったので反発ばかりしていました。
迷惑ばかりかけていました。

思えば、Tちゃんと友達になる前にお互い「気になる存在」であったのは
同じニオイを感じたからなのかな・・
ちょっとだけそう思うようになりました。
Tちゃんもきっと寂しい思いをしていたんだな・・

今はHちゃんとも音信不通になってしまったので
Tちゃんがどうなってるのかは知りません。
幸せになってるといいなって心から思います。


昨日は柏の方までお買い物♪
何となく「行くべ~」と行ったのですが
またまた「お買い物運絶好調」でした。

前にチビ熊の誕生日にたまごっちを買おうと思ってたと書きましたが
何となく寄ったヤマダで・・・
明日発売のはずなのに売ってたんです。
ネットの予約販売もすぐになくなってたから諦めてたのに・・・

たまたま見つけて大騒ぎだったチビ熊と私。
色も4色残っていたので「どれにする?」とコレ選びました。
ヤマダで買ったんだけど、
先週の買い物でポイントが溜まってたのでポイントを使ってかなり安く買えました♪
「2つあるから通信が出来る」と喜んでます。
でも、これも誕生日までお預け・・・
何だか今年の誕生日プレゼントは豪華になってしまったな~。
サンタさんに「今年は少なくして」と頼んでおこう(爆)


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懐かしいな・・・ [くまの思い出話]

この間、実家へ行った時に部屋の中から小学生の頃の文集が出てきた。

小学校3,4年の時のもの。

ウチの小学校は当時、近辺に新設校が沢山出来、その度にクラスメイトが少なくなり、

クラス替えがあった。

3年生~4年生になる時は何故か新設校が3校ほど出来て、区画整理だかなんだかで、いきなり

隣の校区の学校へ移った子も居たりして・・・1クラス分、居なくなりました。

6年生になる前にも1校新設校が出来て、1クラス分居なくなりました。

入学した時は5クラスだったのに卒業する頃には3クラス・・寂しいモンですね。

そんなワケで、1,2年は持ち上がりだったけど、その後、3,4,6年とクラス替えがありました。

3,4年の先生は偶然だけど同じ男の先生でした。

「短足ゴリラ」っていうあだ名があって、とにかく変わった先生・・・

お世辞にもイケメンとは程遠い・・

2年生の時の先生が背が高くてイケメンだったんだけど

この先生は背は低いし足は短いし、「なべおさみ」みたいな顔だったし・・・

年は分からなかったけど独身で「7万円」という中古車に乗って学校へ来てました。

授業中に私たちがテストやプリントをやってる時に

イスに座ってタバコをプカプカ・・・

でも、煙で輪を作ったり出来て、みんな「おぉ~~!」でした。

時々、授業をやめて隣の神社で全員で缶ケリをしたり校庭でラグビーをしたり・・・

そうかと思えばギターを片手に歌を教えてくれたり・・・

破天荒な先生でした。

ただ、先生なんだけど皆からはかなりナメられてたような・・・

まぁ、「短足ゴリラ」って呼ばれてたぐらいだからね^^

そんな先生だけど、2学期から「文集を作るぞ」と言って

やたらと私たちに作文を書かせた。

作文なんて皆好きなわけがない。

みんなモンクを言いながら書いていた。

先生に見せてもやり直しさせられ・・・

とにかくこの時期はいい思い出がありませんでした。

文集は3年生の終わりに先生が配ってくれました。

4年生にあがり、クラス替えはあったけど同じ先生。

「また短足ゴリラかぁ・・・」とガッカリ。

またまた授業中にタバコを吸うし、

神社で缶ケリにラグビーにギター・・・

相変わらず私たちにはナメられ・・・

それでもニコニコしていた先生でした。

そして、2学期になり、今度は「詩集を作るぞ」・・

ゲ!作文以上に苦手だよ(泣)

またまた戦いの日々でした。

投げやりになって書いた詞が後半カットされて採用され・・

また4年生の終わりに配られた。


そんな事もすっかり忘れていたけど

何十年も経って表紙以外はすっかり褪せていて・・・

夢中になって読みました。

イヤイヤながら必死に書いたけど

先生もきっと1人1人の顔を思い浮かべながらガリ板に書いていたんだろうな・・

ひとつひとつの作文や詩に絵やコメントが書いてありました。

最後にも「みんなは大人になったら読んでみて」と大人向けの話が書いてありました。

先生も色々悩んだりしながら一年間をやってきたんだなって言う事が解りました。

みんな先生をからかっていたけど、楽しい思い出を沢山与えてくれました。

子供みたいな先生だったけどみんな大好きでした。

もう60歳近いんだろうけれど、今どうしてるんだろう??

色々考えました。

当時、40人位のクラスだったけど

この文集を持ってる人ってどの位居るんだろう?

この2冊は私の永遠の宝物になりそうです。

先生、沢山の思い出をありがとう!
ボロボロだけどね^^;


昨日は子熊の学校に行ったんだけど

何人もの母に「今日だね~」とか「埼スタ(PV)行くの?」とか言われました^^;

私=サッカーという図式が何人もの頭の中で出来上がってるようです^^;


昨日の試合・・・

何だかショックで言葉も出ません。

俊輔のゴールは神業!ってカンジだったんだけどねぇ~~

ヨシカツのセーブもお見事!だったんだけどねぇ~~

結局、今までと同じで

キメられる時にキメないとこうなるんだよ・・みたいな・・・

最後の10分弱の間に3点入れられて逆転なんて・・・

何で茂庭を下げたんだか・・・(-_-;)

何でもっと体を張って止めに行かないんだか・・・

本気で立て直さないと全敗してしまうぞ!

早く目を醒ましてくれ~~~~!

やっぱ世界の壁は厚いやね~~

とりあえずいいシーンの写真を入れておこう!

俊輔~~~!俺たちのファンタジスタなり~~~!


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給食大好き! [くまの思い出話]

昨日、子熊の学校へ行ってきたんだけど、

終わった後のランチをしながら盛り上がった話がありまして・・・

それは「給食」

今は同じ市に住んでいても出身地はみんなバラバラだし

生まれた年も違うからあれこれ盛り上がりました。

まず、最初に話したのは「食パン」

私が小学生時代過ごしたのは「くれよんしんちゃんの街」だったんだけど

ここでは2枚が袋に入っていました。8枚切り位の厚さだったかな・・・

他の母も大体同じだったんだけど

「え~?食缶に入っていて挟んで配ったよ」という母が1人。

全員驚きでした。

あと、バターは大体四角くて包んであるヤツって言ってたんだけど

ウチはジャムマーマレードが入ってるのと同じようにビニールみたいなのに入ってました。

だから、冬みたいに固くなってるときは開封する前によく揉んで柔らかくしてから出してました^^

あと、牛乳も他は皆「瓶だった」と言ってたけど、私は三角パック。

あれあれあれれ~~~?

ウチの市はシリアルが出たんだけど、それを話したら「羨ましい」と言われました。

あと、「ソフト麺がない」と言ってた母も一人居ました。

うどんが煮込んだ状態で食缶に入ってたんだって。のびないのか~~?

大熊もそうだったらしくて「だから給食は嫌いだったんだ」と主張してたな・・・

あと、休んだ人の分はどうしてた?と言う話になって

私はジャンケンでの争奪戦だったんだけど

「家が近い人が休んだ人にパンとか届けた」って言っててビックリ!

え~?マジっすか~?楽しみ半減じゃん(爆)

あとね、私は中学に入ってこっちへ越して来たんだけど、そうじゃなければ当時は中学はお弁当。

他の母たちも「うん、お弁当だったよ」と言ってた母がちらほら・・・

今はどこも給食になったのかしら?

私は一番好きだった給食メニューは

ソフト麺とか揚げパンとか・・・

あと、野菜スープクリームシチューも好きでした(汁物ばかり・・・^^)

私は好き嫌いが多いので、コレが好き!といったおかずはなかったのかも?

今ひとつ浮かばないな~~


皆さんはどのメニューが好きでしたか~?


昨日はハボのイベントがありました。

まだの方~13日14時までやってますので是非○○××を・・



「アメアト」を貰いました。これでアイテムは10個。

シューライダー獲得まであと2個ナリ~~~!

うほほ~~~い!楽しみニャリ~~~~!

ハボと言えば・・・

携帯の待ち受けもハボにしました。


PHS(11万画素だよ、今どき・・・)で撮ったのでボヤボヤですが・・・(^_^;)
可愛いでしょ?無料で取り込めましたよ♪


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十勝のあんちゃん [くまの思い出話]

まだ私がお勤めしていた頃のお話。

私は隣駅に住む同期の友達と一緒に通勤してました。
駅から20分歩くんだけど
お喋りしてるとあっという間。
話は尽きないし、友達が辞めるまでの4年間、本当に楽しい通勤でした♪

毎日同じ時間帯に同じ道を通るので
同じ人が通る事もあるわけで・・
そんな中で色々話題も出てくるわけですよ・・

そんな話のタネの人たちの中に
中々イケてるお兄さんがいました。

埼玉だというのに着てる服もバッグも都会的なセンス・・
小顔だし、スタイルもモデルみたいで・・・
友達と「カッコイイよねぇ~」って話してました。

そうなると
彼女はいるのかとか
どんなところに住んでるのかとか
職業はなんだろうとか
・・考えちゃうじゃないですか・・・

友達との間では
1年半付き合ってる彼女がいて
1LDKのオシャレなマンションに住んでいて
都内のショップか美容院に勤めている

な~んて想像してました^^


そんなある日・・・
友達がクスクス笑いながら
「ねぇ、あのお兄さんが働いてるところ・・解っちゃったよ」
と・・
え?近いのか?
どこよ?
「それをすぐに言っちゃったらつまんないじゃん」

仕事が終わってから
「まぁ、いいから着いてきて」

一緒に友達と行ったんだけど

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もうすぐクリスマス [くまの思い出話]

おもちゃ屋さんの広告が段々自己主張してきてますねぇ~。

あぁ、親にとっては地獄のクリスマス

ウチの子たちは「サンタ伝説」をしっかり信じています。

自分が信じてたのっていつまでだっただろう??

寝たふりしていて父が枕元にプレゼントを置いて・・

「なぁ~んだ、サンタは×××××・・・」

と思って絶望したのを覚えています。

去年のプレゼントは

子熊→アディダスマフラー

チビ熊→ランドセル(これもアディダス)

でした。

子供たちが寝入った後で大熊がそ~~~っとプレゼントを枕元へ・・・

・・・と思ったらナントナント!チビ熊の足を踏んづけた大熊!

モソモソっと動いたチビ熊。

やばい、気付かれたじゃん!

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甲子園の思い出~♪ [くまの思い出話]

各地で高校野球の予選が盛り上がってるね~。自分の母校はあっさり敗退していたけど、一度だけ甲子園に出場した事があるんですよん。

おいらが入学する頃は、「ちょいと強い」程度。無名に近い高校でした。でも「家から近いし制服が可愛い」というのと「野球が強い」という理由で受けてしまった私(笑)そしたらね、同学年に県内屈指のピッチャーが居て、結構いい所まで行ったんですよ。春や秋の県大会で準優勝して関東大会に行ったのが2回、そして何故か夏はシードされつつもあまりいい所までは行ってなかった。そのエースの子は3年生の時に同じクラスだったんだけど、誰とでもフランクに話すタイプで人気者。可愛い彼女も居て順風満帆。授業をサボったりテストでカンニングしたりなんて結構やってたけど、その憎めない性格ゆえ、黙認されてた。「ホントにコイツが高校野球の雑誌に載ってるのか~?」と思ったほどでした。結局彼は卒業後、社会人野球に進んだものの、プロの壁は厚かったようで・・。「俺は絶対にジャイアンツに入るんだ」と意気込んでたんだけど残念だったなぁ~。

年を書いたら学校がバレちゃうけど、ある年にやっと夏の甲子園に出た我が母校。地元は大騒ぎになり、OGであるおいらも大興奮!壮行会も見に行ったら応援ツアーのチラシを配っていた。こりゃ、応援に行くっきゃないでしょうと友達と一緒に観戦ツアーを申し込んだ。とあるターミナル駅を夜に出発し、鈍行で行く。向こうに着いて、試合を見て、帰りは新幹線だったかな。結構ハードだった~~!1回戦だけ行ったんだけど、試合に勝って校歌を久々に聴けたのは嬉しかった。しかも甲子園は球場の外へは何度か行ったけど、スタンドに行ったのは高校生の時(阪神戦でね)以来だったので興奮しましたよ~。今でも捜せば母校の応援グッズや記念グッズが家のどこかにあると思います。

2回戦はさすがにツアーに行けなかったんだけど、母校は2回戦で敗退してしまった。監督も交代してしまい、それ以来、甲子園とは縁のない状態が続いているけれど、とてもいい思い出が出来たと思う。そういった意味で後輩達に感謝したいと思う。

今年も頑張れ!高校球児!


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幼き頃の大冒険 [くまの思い出話]

夏休みになると思い出す事がある。

おいらは時々とてつもない事をやらかすガキだった。

小2の時の夏休み。家に居たら何かをやらかしたらしく、母に物凄く怒られた。「外で遊んで来なさい」と言われ、外へ出たものの、どうしようかな~・・・近所の友達も出掛けたりしていて居なかった。友達の家へ電話しようにも電話が無い・・・そこで思いついたのが

そうだ!おばあちゃんちへ行こう!

・・と言ってもおばあちゃんちは徒歩5分とかそういう場所ではなく、隣市だし、3駅離れている。でも道は覚えている。行けない距離ではないだろうと自分なりに思ったんだろうね。もちろんお金を持ってないから駅へ出て、線路沿いの道を歩き出した。

何時間歩いただろうか、やっとおばあちゃんの住むところの最寄り駅に到着。一度、お巡りさんに迷子だと思われたようで声を掛けられたが「おばあちゃんちへ行くの」と言ったので怪しまれなかったようで・・(^^ゞ 駅まで来てしまえばもう道は覚えていたのでおばあちゃんちを目指して足早に歩いた。そして到着。しかし

おばあちゃんがいない・・・

たまたまこの日は旅行へ行っていた。もう脱力感というか悔しさも手伝って座り込んで大泣きしてしまった。近所の知り合いのおばさんが私に気付いて家に入れてくれた。そのおばさんは私に梨を剥いてくれて母に電話してくれた。

しばらくして血相を変えて母と親戚のおばあちゃん(祖母の姉)が迎えに来た。なかなか私が戻らないので友達の家に電話しまくったらしい。母は私に何も聞かなかった。でもとても悪い事をしてしまった気がして「ごめんなさい」と言ったのを覚えている。

その後、家に帰ったのだが、母の話だと「アンタ、あの時、随分足を引き摺ってたわよね~」・・そう、今でもこの話は語り草になっているのだ。自分的にはかなりの大冒険だったのだが、母から見ればいい迷惑だったに違いない。

そんなおいらのDNAを引き継いでいるチビ熊が来年そのときのおいらと同じ年頃になる。実家は幸い近いので同じようなポカはしないだろうが、時々突拍子も無い事をやらかすので気をつけなければと思っている。


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ちょっと昔の話ですが・・ [くまの思い出話]

気がつけば150記事めに突入しました。おぉ~!150かぁ~。まだまだ頑張りますっ!

さて、本題・・・

皆さん、覚えていらっしゃいますか?99年に出た地域振興券子供やお年寄りのいる家庭に1人あたり20000円分の券が頂けたというオイシイ話です。我が家もしっかり該当したので有難く頂いたのを覚えてます。

99年の1月1日現在なので、我が家は子供が3人居ました。なので、60000円分頂きました。確か春に手元に届いて、勿体無いからとしばらく手を付けてなかったんだけど、あれって確か期限がありましたよね。天使熊が6月に亡くなって四十九日、新盆を終えて9月に使い始めたんだけど、

どうせなら有効に使いたい

と思ってまず買ったのが

炊飯器(しかも一升炊き!)

これは残念ながら数年で使えなくなってしまったんだけど、嬉しかったね~。

そして、次に買ったのが

子熊の靴

子供の靴って結構高い!本当は可愛いキャラクターモノなんかを買ってあげたい所だけど、2000円前後はするから安売りを狙うかキャラクター物じゃない安い靴を買ってたんだけど、チビ熊もそのうち履くとなると丈夫なモノが欲しいなと思って思い切って4,5足買いました。ピカチュウが好きだったのでピカチュウ中心で買ったんだけど、今、それをチビ熊が履いています。チビ熊もピカチュウ好きだから嬉しそう・・これも買って良かったと思ったね~。

あとは子供たちにおもちゃを買ったり洋服を買ったり有難く使わせて頂きました~♪

おいらの住んでる市はそんなに不自由しなかったけど、隣の町は大きいお店と言ったらスーパー2軒とホームセンター1軒しかなくてそこの人たちは結構大変だったと聞きました。同じ市町村内でしか使えなかったのはある意味不便だったかもしれないね。

ああいう行政サービスはいくらでもやって貰いたいけど、ムリだろうねぇ~(泣)


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内職の思い出 [くまの思い出話]

私が子供の頃、母は外勤だったが、途中、免許を取る為に仕事をやめて内職をしていた頃があった。母は比較的手先が器用だったので靴下に花の刺繍をする仕事で、よく納品に付いていったりしたものだった。あとは、外勤しながらも近所のお友達に誘われてミニカーのタイヤのホイール部分を付ける内職をしていた時期もあったなぁ~。これは面白くて私も手伝ってたっけ(笑)

そんな私も内職をしていた。チビ熊は7ヶ月の時に「天使熊の介護」という理由で保育所へ入所した。しかし、入所して2ヵ月後に天使熊が天使になってしまった。まだチビ熊も小さいし、可哀想なので保育所を辞めようかと考えていた。でも、担任の先生が反応のいいチビ熊を気に入っていたようで「お母さん、お兄ちゃんの方でも大変でしょ?保育所辞めるなんて言わないでね」・・待機児がいると聞いていたので心中複雑だったんだけど、確かに子熊の通ってた園は親が園に行ったり保護者会の集まりが多かったので「私さえ働けばいいんだな」と思い、辞めずにお世話になることにした。

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謎の家 [くまの思い出話]

私の通っていた小学校は6年間の間に何度も新設校が出来て分散されたので、入学した当初は学区がとても広かった。私が住んでた所は比較的学校から近かったのだが、学区の隅に仲の良かった友達が住んでいたのでよくチャリを飛ばして遊びに行ったものである。

最初に友達の家を教えて貰う時に学校で待ち合わせをして家まで案内してもらう時に「見て!ここに面白い家があるんだよ」と指を指した先を見ると、その家は2階建ての茶色いトタンの壁の家なんだけど、大きくペンキで「この家は白い家なのだ」(もう30年以上前の話なので正確には思い出せないけど確かこんなニュアンスの文面だったはず)と書いてある。え?どう見ても茶色じゃん!・・「へ~ぇ、面白いというか変な家だね」なんて話をしながら通った。

それからも友達の家へ行く時に何度もその家を気にかけながら通った。一体どんな人が住んでるんだろう?どうして白い家なんだろう?・・でも、そこの家の人が出入りしている様子は全然見掛けなかった。人が住んでないのかなと思ったけど、今思えばそんな事をするわけだからあまり人前に出ないような人なんだろう・・。

友達とは2年生が終わった時に学校が分かれてしまい、その家の前を通らなくなった。そして数年経ち、そんなヘンな家があった事すら忘れかけていた頃、突然別の友達から「ねぇ、クゥちゃん、あの白い家、この間火事になったらしいよ」と聞かされた。「え?そうなの?」慌ててチャリを飛ばして何年か前にそこへ行ってみた。そこには見るも無残な「黒い家」があった。母の話では、その家は1,2年ほど空き家になってたとかで放火だったらしい。その夜はちょっぴり怖くなってしまい、なかなか眠れなかったのを覚えている。

その後、私は中学入学と同時に隣市に引越したが、先日、その家の付近を車で通ってみた。もちろんその白い家はないし、近辺も大きい道路が出来てすっかり景色が変わってしまった。あの家の事も含め、その近辺を通る度に懐かしい思い出が蘇ってくるものだ。

みなさんの地域にはそんな変わった家はありませんか?ちなみに我が家から徒歩3分位の所に「ゴミ屋敷」がございます(-_-;)


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